第三話 金太郎の正体
荒野の朝は寒い。
朝起きると、テントの結露が凍っていた。
ここは灼熱のインドちゃうんかい!
それもそのはず。
いくらインドといえど、今は冬。
しかも北部の砂漠地帯だ。
がっつり白い息が出る。
しかも、日中は35℃くらいまで、気温が上昇する。
体温調節が辛い。
かじかむ手を擦りながら、出発の準備をする。
出発の為に、荷物諸々をパッキングするのだが、これがなかなかの作業だ。
20kgはあるサドルを乗せ、きつく縛り上げる。
これが甘いと、途中でサドルごと落下し、
『ラクダから落(らく)だ』という事態にもなりかねない。
サドルを縛ると、その上に、エサ、水、布団、荷物を縛り付け、完成となる。
慣れない手つきでパッキングを始めた。
が、ある異変に気付く。
『ん?あれあれ?』
じっと目を凝らして、金太郎を見つめる。
金太郎の様子がおかしいのだ。
『ない、ないぞ。』
あるはずのものがない。
『か、髪が、金太郎の髪がない!!!!!』
そう、金太郎は禿げていた。
それも見事なほどに。
おーい、どうした金太郎、何があった!?
地面には見るも無惨に金太郎の髪の毛が散乱している。
何かに襲われたか、いやそんな物音はしなかった。
じゃあ、一体なぜだ。
しばらく、金太郎の様子をうかがう。
すると、金太郎はのそのそと昨日逃げないように縛り付けた木に寄り、全力で首を擦り付けているではないか。
これだ、完全にこれだ。
痒い首を木に擦り付けて、毛が抜けてしまったんだ。
あぁ、なんてことをしてしまったんだ。
僕がラクダのケアを知らないばかりに、金太郎をこんなにもみすぼらしい姿に変貌させてしまったんだ。
ごめんよ、金太郎…
ん?
まてよ、たかが木に擦り付けただけで、禿げるか?
そんなんやったら、全部のラクダがつるっぱげのはずじゃないのか?
そんな疑問を抱えながら歩いていると、
一人のおっちゃんが寄ってきた。
『やあ、ネパール人、どうした、そんな弱った病気のラクダを持って。』
耳を疑う。今なんと言った?
『だから、病気のラクダ持ってなにしてんだ』
おいまて、これはこないだ買ったばかりのラクダだぞ、病気だなんて。
『はっはっは、バカだな、お前そんなラクダ買ってどうするってんだ。』
『いくらで買ったんだ?』
40000円。
『あほやなー、そんなラクダ5000円の価値もないぜ、俺ならタダでもいらねーな。はっはっは。』
話によると、おっちゃんのお父さんはラクダ売りの仕事をしている。
おっちゃんは教師をやってるから、英語が喋れる。
よくよく話を聞くと、金太郎の正体が明らかになってきた。
『お前、こいつはもうすぐ死ぬよ、18歳(人間でいう60歳)くらいやし、何より弱ってる。』
なんやと、俺は12歳(40歳)と聞いたぞ。
『体をみてみろ、こんなに痩せほそって、弱ってる証拠よ。』
確かに、言われてみれば、細すぎる気もする。
『それにな、こいつは皮膚の病気だ。薬を与えないと死ぬぞ。』
なんやと、そこまでの病気かよ。
『どこまで行くつもりだ』
ジャイサルメールまで。
『はっはっは、無理無理。途中で死んじゃうね。』
頭が真っ白になる。
要はこうだ、
・×12歳→○18歳
・肌の病気
・弱っている
・×40000円→5000円以下
よく見てみると、買ったはずの鉄製のサドルも、木製の安いサドルに取り換えられている。
そこで気付く。
『騙された』
病気に加え、高齢の弱ったラクダを、無知なアホ日本人に売りつけた、そういうシナリオだ。
多少は多めに取られていることは覚悟してたが、ここまでとは。
どおりでおかしいと思った。
歩くのもよたよたしてるし、おもいのほか遅い。
人間でいうと、定年退職したお爺ちゃん。
そのお爺ちゃんに、100kg以上の荷物を担がせ、600km歩く。
あぁ、なんてこった、なんて過酷な旅なんや。
でも、僕たちはもう出発してしまったんや。
ここで戻る訳にはいかない。
急いで村の病院に駆け込む。
すると、普通に私服のにーちゃんが出てきて、
『あーね、病気ね、オッケー!』
ほんまそんぐらいフランクに、2本のぶっとい注射針を、金太郎の首筋にぶちこむ。
痛みに暴れる金太郎の鳴き声が、虚しく響いた。
病気のお爺ちゃんラクダ。
それが金太郎の正体だった。
大きな絶望と共に、僕たちは歩くしかなかった。
『今日からは金さんって呼ぶね。』
出発前: http://masahirourabayashi.hatenablog.com/entry/2017/01/03/111033
第一話: http://masahirourabayashi.hatenablog.com/entry/2017/01/26/183646
第二話:http://masahirourabayashi.hatenablog.com/entry/2017/01/27/173210