第九話 最後の関門

「よっしゃー!!!もう少しべっ!!!」






国道には、『ジャイサルメールまで100km』
の文字が掲げられていた。

農場を後にするとき、ジジイ・テレサは僕に5日分の金太郎のエサを授けてくれた。

おかげで、スピードは俄然上がっていた。

残り100km。

長かった500kmの道のりは、もう既に、僕たちの後ろに刻まれていた。

スタートしたばかりのとき、





『無理だ』
『死ぬぞ』





と言われた金太郎は、今日もゆっくりではあるが、確かに一歩一歩、足を進めていた。

理不尽に怒りをぶつけた時もあった。

僕の都合でご飯を食べさせてやれない時もあった。

それでも金太郎は僕についてきてくれた。




「なんて無力なんやろうな。」




これだけの巨体を持ち、僕なんて踏み潰してしまえば一瞬なのに、金太郎はどんな時もついてきてくれた。

ありがとうな、という気持ちと同時に、





「あぁ、僕はどれだけ幸せなんだろう」





そんな気持ちになった。

いつでも、どんな時でも、僕は自由だ。

ラクダのように、ツナを繋がれ、エサを食べる為に生きていることなんてない。

いつだって、自分が何かを思い、動きだせば、エサを食べるよりも、もっと幸せな事を掴む事ができる。

一生、エサを食べる為だけに生きるなんてつまらない。

僕は僕の感じる幸せを掴むために生きていたい。











僕の大好きな本、カモメのジョナサンとアルケミストにも、そんな事かいてあったな、と、パクってる自分に笑う。

なんにせよ、金太郎がいたからここまでこれた。






「最後まで、しっかり導いてやろう。」







そう誓って歩き出した。

今日も厳しい太陽が照りつける。

帽子を目深にかぶり、どっしりと前を見つめていた。

そんな時、何やら前から不審な看板が現れた。



















『TOLL GATE 100m』


















なんやろう、恐る恐る足を進める。

すると、とんでもない光景が目の前に現れた。






























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りょ、料金所!?

そう、インドの国道には料金所が存在していたのだ。

今まで出くわした事がないこの事態に驚きを隠しきれない。



「まずいぞ。」



お金は使えない。

もし、料金が発生した場合、引き返して別の道を探す事になる。

いや、それどころやない。

料金所で、万が一不審者扱いされた場合、警察に引き渡され、旅の終了を告げられかねない。

おちつけ。

そう言い聞かせ、目の前の看板に目を通す。

看板にはこう書かれていた。












料金

二輪…0円
四輪…200円
大型…500円















当然ながら、ラクダの料金は書かれていない。

遠くから眺めた様子だと、四輪ゲート、大型ゲートには人影があるが、二輪ゲートはがら空きだ。




「あそこだ、あそこしかない!!」




ラクダもバイクみたいなもんや。

そんなよく分からない理論を掲げ、がら空きの二輪ゲートへ突入する。

抜き足、差し足、忍び足。
身を最小限に縮め、こっそりと二輪ゲートをくぐる。

よし抜けた!!

と思ったその時。


















『おい、ちょっと待て。』


















し、しまった、見つかった。

警備員が近寄ってくる。




『何をしてるんだ。』





















































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ふぁい?













最大限のトボケ顔で応戦する。







『何をしている!?』

えーと、ジャイサルメールに向かっています。

『一人でか?』

はい。

『ここで待て。』

警備員はそう言い残し、控え室に戻っていった。






お、終わった…

金を取られるに決まっている。

金を払えないというと、警察に告げられるに決まっている。

旅の終わりだ。

そんな絶望に暮れている中、警備員が戻ってきた。

しかも、何人も連れて戻ってきた。





終わった。








警備員が口を開く。

『ジャイサルメールに行くんだな』

はい。

『一人で?』

はい。

『なんの為に?』

挑戦です。

















































『はっはっは!バカだなオメーは!!そんなアホ見たことねーよ!』

はい?

『アホだねー、おもろいやつやな、気を付けて行けよ!』

あ、はい。お、お金は…

『いらねーいらねー、第一ラクダからいくらとればいいかわかんねーよ!はっはっは!』

よ、よかった。

多分僕と話したかっただけなんや。

面倒な事になる前に、ここから離れよう。

金太郎に力一杯鞭をうち、全力でその場を離れた。












いつものように、不安な日暮れがやってくる。

風景は変わり、辺り一面ひとけのない野原が広がる。

そこら中に、ラクダなどの野生動物がうろうろしている。




「ここで野宿は嫌やな。」




そんな不安を抱えていると、タイミング良く一軒の小さな小屋が現れた。




「うぉ、あっこしかない!!」




せめて、小屋の横にテントでも張らせて貰えれば。

そう思い、小屋に突撃した。

「こんばんはー!」























『あー、こんばんみー!!!』




中から現れたのは、愛想のよい、一人のお爺ちゃんだった。



「小屋の横にテントを張らせてほしいんですが。」



『えぇよーん!てか、小屋の中で寝てもえぇよーん!!』




やった、今日も助かった。

お爺ちゃんに小屋に案内してもらう。

中を覗くと、4畳程のスペースに、小さなベッドと、ちょっとした荷物があるだけだった。




『このベッドの横に布団を敷くとえぇよーん!』





お爺ちゃんの夜は早い。

日が暮れて間もない、夜8時。

軽い夕食を済ませ、床につく。




「お爺ちゃんってやっぱり落ち着くなー。」




疲れと安心感で、すぐに意識は遠のいていった。






































異変を感じたのは、真夜中0時頃。




『ガチャッ』




何者かが、部屋に侵入してきたのだ。

4畳程の狭い小屋。

一気に緊迫感が増す。

だ、誰や…

心臓の鼓動は張り裂けそうなほどに高鳴る。

が、何者か分からない。

しばらく寝たふりをして、様子をみる。





『おい、じーさん…』





入って来たのは、若い男。

その男が、声を押し殺し、寝ているお爺ちゃんに声をかける。

すると、寝ていると思ったお爺ちゃんは、意外にも返事を返す。






「おー、おまえか…」






も、もしやグルか。

僕を誘き寄せておいて、寝ている隙に何かを盗みだそうって魂胆か…

薄目を開き、耳に全神経を集中させる。

もし泥棒だとしたら、じーさんの方は片付けられる。足が不自由で、歳も80はいっている。

問題は若い男だ。

いざとなったら。

そんなことを考えていた、その時。












『ガサッ』
















意外や意外、その男は、じーさんの布団に潜り込んだのだ。





ん?どういうことだ?






頭が混乱する。

息子か?一緒に住んでいる同居人か?

分からない。

が、ひとつ解ったのは敵ではないということだ。

まぁいい、朝も早いから眠りにつこう。

そう思い、瞼を閉じた、その時。
























『シコシコシコ………』



























!?!?!?!?!?!?!?!?!?




















なんやこの音は!

静まりかえった一室に不審な音が響く。





『シコシコシコ………』






絶え間なく続く雑音。

体が硬直する。

ま、まさか……………。






そう、そのまさかだったのだ。

次第に荒くなる二人の息づかい。

ま、間違いない!!

僕の疑いは、確信に変わった。

じーさんと若い男は甘い声を囁きあい、…






ーーーーーーーー以下自粛ーーーーーーーー


















まさか、まさかとは思ったが。

てかじーさん、80くらいやで、元気すぎるやろ!!笑

てか、なんで僕を泊めた!?

いや、もしかしたら、次の餌食は僕かもしれない。

不安で眠れない。

聞きたくもない雑音は、全神経を集中させた耳に突き刺さる。

もういやや…













一時間後、一連の仕事を終えた若い男は、スッキリとした顔で出ていった。

出る間際。

若い男は僕の寝顔をまじまじと見つめる。






「ま、まずい。」







全身が強ばる。






「もう、おしまいだ。」







僕の25年間守り抜いてきたものは、今日という悪魔の日によって終わりを告げる。

そう諦めかけていた、その時。














『じゃあな、じーさん。』















男は颯爽と夜の闇へと消えていった。






「助かった…」






なんていっとる場合やない!

もうここから逃げよう。

眠れない夜を過ごし、早朝5時。

逃げるようにして、悪魔の住む小屋を後にした。

















「助かった…」
















まだ夜が明ける気配のない真っ暗闇の中、僕たちはライト片手に逃げるように先を急いだ。
















後ろから不審な人影が近付いてくる事も知らずに…