第八話 ジジイ・テレサ


「まじおせーわ。もうほんまいい加減にしてくれや。」







その時、僕は金太郎を罵っていた。

ほんま自分勝手に始めた無銭旅。

当然のごとく、金太郎も僕も、今まで手に入っていたものが入らなくなる。

一番致命的なのが食糧だ。

今まで僕のご飯は、米にインスタント麺、いいときにはトマトなどの野菜を入れて煮込んでいたもので賄っていた。

しかし、今では野菜もインスタント麺も尽きて、残り少ない米を節約して炊いたおかゆに、塩をかけたもの。

腹はかろうじて満たされるが、心は満足しなかった。

金太郎のエサも、名前が分かり安定して手に入るようになっていたが、野に生える草に逆戻り。

食事に手間取り安定して進めなくなっていた。

極めつけには、野に生えるエサの量が格段に減っていた。

ゴールのジャイサルメールに近付いたからだろう、

突如野生のラクダが現れるようになったのだ。

ということは、だ。

野生のラクダは何を食べるか。

もちろん、金太郎と同じ、野に生える草である。

ラクダが好む草は激減する。

残るのは、以前にも増して生き生きしていない、か細い草。

その、か細い草を例の通りお上品にたしなんでいる。

もう一週間以上風呂に入ってない。

いくら夜が寒いといえ、日中は35度まで温度が上がる。

もう、からだ中から犬のような臭いがする。

いくら神様から動物愛を学んだといえ、人間追い込まれると醜くなるもの。

今日もがっつりと罵っていた。







先に進みたい。

でも、その思いで金太郎の食事を省くと、もちろん金太郎は死ぬ。

かといって、金太郎のエサの時間を取りすぎて、ゴールまで辿り着くのが遅れると、僕の唯一の食糧である米が底をつく。




どうすればいいんだ。

やっぱり金太郎を捨てるしかないのか。

今なら野生の仲間たちもいる。

お前も野に帰りたいよな?

そんな都合のいい考えが日に日に頭の中で膨らんでいく。

虚ろな目で、金太郎が食事をするのを眺めていた。

そんな時。























『げ、げんきかーばかやろーーー!!!
フハハハハハー!!』

















うお、なんだなんだ!?

なんか爆発したんちゃうか?

ほんまにそんな音やった。

おそるおそる振り返ると、一人の老人がいた。

歯の抜けた、頭には白い布をまとった、お爺ちゃんだった。





『元気かー!!!!!
今日もあちぃーのー!
@%&#+#%%+$#%!!!!!』





す、凄まじいボリュームや。

おじいちゃん、僕が目の前にいるの分かってるかな?

そのボリュームは100mくらい先の人を呼び止める為に出すボリュームだよ?







『@%##%%¥&@&@#&@¥&@@@#&ー!!!!!』






怒号のような叫び声が2mくらい先に立つ僕にぶつけられる。

が、何を言っているのか全く分からない。

反応のない僕を見て諦めるか、

と思いきや、一向に諦める気配がない。

むしろ激しさを増す。







『@&%@##%%@#&¥ーーー!!!』








30分くらい続いただろうか。

このシュールな状況に気付いた男がやってきて、通訳をしてくれた。

通訳によると、お爺ちゃんがついてこいと言っているようだ。




「えー、今飯食わせてんだけどなー。」




それでも怒号は止むことはない。

先に進みたいところだったが、あまりの声量に降参して、お爺ちゃんについていくことにした。






するとどうしたことだろう。

目の前に広がるのは大きな農場だった。

そこには大量の牛たちがいた。






「お爺ちゃん、農場なんて連れてきてどーするんだよ。僕は急いでんだよ。」






お爺ちゃんは相変わらず、怒号のように声を張り上げながら、奥に入っていった。

かと思えば、何やら大きな樽を頭にのっけて帰ってきた。











「あ。」














中には大量のエサが入っていた。










「お、お爺ちゃんありがとう。
や、やけど、僕今金使われへんねん。
エサ代払われへんから草食わせてんねん。」









すると、お爺ちゃんはにっこりと、顔をくしゃくしゃにしながら言った。










『フハハハハハーー!!
金なんていらねーぞ、バカヤロー!!!
その為にこの農場があるんだからな!
@#&¥$&%&ーー!!!!!』




















ん?

どういうことだ?

その為にこの農場があるとはどういうことだ?






『ここにいる牛たちも
みんなタダメシ食ってるってわけよ、
気にすることはねーぞ、
フハハハハハーーー!!!!!!』











このあと通訳を通して聞いた話によるとこういう事だ。




インドには牛を食べる習慣がない。

牛は神と崇められている。

しかしながら、牛からとれる牛乳は、一日になん十杯と飲む習慣があるチャイ(インド風ミルクティー)に必要不可欠だ。

その為、乳牛は家畜として、村を中心に至るところで飼われている。

しかし、長年搾りに搾られ、乳が出なくなった牛は、牛肉を食べないインド人にとって、エサを食いつくす邪魔者でしかなくなる。

いくら神様だといえど、用はないのだ。

その、ラ・フランス、あ、用なしになった牛たちは野原へ返されることとなる。

するとどうなるか。

食いぶちを失った牛たちは、人間が集まる集落に集い、捨てられたゴミや、ダンボールをあさり、食い繋ぐこととなる。

神様と崇めた結果、街で神様がダンボールをたべるという、なんとも本末転倒な事態となっているのだ。







この事態に心を痛めた人々は、お寺に救いを求め、牛たちを保護し、ふさわしい環境で命を終えられるよう、この農場をつくった。

僕たちが訪れたのは、いわば牛たちの駆け込み寺だったのだ。

な、なんてラッキーなんだ。

というか、インド人の動物に対する愛に驚かされる。

以前出会った神様といい、この農場をつくった人たちといい、動物を同じ生き物として捉える心が日本人に比べて圧倒的に大きい気がする。






なんとか、金太郎の腹を満たすことができた。





「ぐぅーっ」





その安心からか、今度は僕のお腹の虫が暴れだした。






『グハハハハハーー!!
お前も腹がへっただろ!
ほら食え!!』






チャパティーに野菜のソースを塗って挟んだサンドイッチだ。





「う、うめーよ、うめーよ、じーちゃん!」






久々に味覚を感じた舌が踊り狂う。





『グハハハハハーー!!
いいってことよ!!!』





その日、お爺ちゃんと一緒に農場で眠らせて貰うことになった。





『寒くなってきたのー!
チャイでも啜ろうか、
グハハハハハーー!!!』






夜はかじかむほど冷えるこの地域。

その為、この地域では、朝夕と、焚き火をしながらチャイを啜るという習慣がある。

冷えていた心と体が暖まっていくのを感じる。

真っ暗な中、お爺ちゃんと二人で焚き火に木をくべながら、星を眺めた。





「あぁ、今日の星はいつもより綺麗だなぁ。」





昨日までの苦しかった日々を思い返し、感慨に浸っていた。






























『グハハハハハーーー!!!!!
いいってことよ!
グハハハハハーーーーー!!!!!』




























お爺ちゃん、えぇとこやったのに…





インドには、マザー・テレサだけやなくて、ジジイ・テレサもおるんやな。




「もう少し、もう少し行けそうな気がする。」




燦々と煌めく星空には、お爺ちゃんのばかでかい声が轟いていた。